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仙台高等裁判所 昭和62年(ネ)230号 判決 1988年8月31日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は控訴人に対し、金四二五万円及びこれに対する昭和五七年四月二一日から支払済まで年三割の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じ二分し、その一を控訴人の、その一を被控訴人の負担とする。

5  この判決は主文第2項に限り仮りに執行することができる。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金八五〇万円及びこれに対する昭和五七年四月二一日から完済まで年三割の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、被控訴代理人は「控訴棄却、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張と証拠の関係は、当審において、控訴人において、「訴外丹野保雄が昭和六二年四月二〇日死亡し、被控訴人が保雄の権利義務の二分の一を相続により承継した。」と述べ、被控訴人が「右死亡と相続による承継の事実を認める。」と述べ、控訴人において、右相続による承継に伴い、次項のとおり、従来の主張の一部を変更し、被控訴人において変更後の主張を争い、別紙のとおり右相続承継に関する法律上の主張を補足し、当審における証拠関係が当審記録中の証拠目録のとおりであるほかは、原判決の事実摘示(ただし、原判決二枚目表六行目の「更に」の前に「右同様の約旨で」を加える。)のとおりであるから、ここに、これを引用する。

三  控訴人の変更後の主張

1  被控訴人は訴外保雄のために、無権代理行為として請求の原因3のとおり連帯保証を約したところ、訴外保雄は昭和六二年四月二〇日死亡し、被控訴人が訴外保雄の権利義務の二分の一を相続により承継したので、前記連帯保証にかかる義務の二分の一(相続承継分)の範囲については、本人たる訴外保雄自らが行為をしたのと同様の効果が生じたから、被控訴人はその範囲については連帯保証契約の責を負うべきである。

2  よって、控訴人は被控訴人に対し、前記連帯保証債務の二分の一については主位的に保証契約に基づき、予備的に民法一一七条の無権代理人の責任に基づき、残余の二分の一については同法条の無権代理人の責任に基づき、請求の趣旨(控訴の趣旨)記載の金員の支払を求める(従来、全部につき同法条の無権代理人の責任に基づき請求してきたのを以上の趣旨に改める。)。

3  被控訴人主張の、悪意、有過失の点は否認する。

理由

一  原本の存在と成立に争いのない甲第二三号証の一、二とこれにより真正に成立したものと認める甲第一号証(ただし、丹野保雄作成名義の部分を除く。)、第六号証、第一七号証によれば、請求の原因1及び2の事実(その骨子は、訴外八島勝郎が訴外堀江弘一に対して従前貸し付けていた六五〇万円の貸金債権と、更に昭和五七年二月二日新たに貸し付けた二〇〇万円の貸金債権とを加え、合計八五〇万円の貸金債権につき、同日、弁済期を同年四月二〇日、遅延損害金を年三割と定めて、準消費貸借を結んだ事実)を認めることができ、また前顕甲第一号証中の訴外保雄作成名義の部分の存在と成立に争いのない乙第一号証とによれば、右金員貸借における訴外堀江の債務について訴外保雄の名義により連帯保証をなす旨の証書(甲第一号証中の同人作成名義の部分)が作成されたうえ、これをもとに、仙台法務局所属公証人宮澤源造作成の昭和五七年第三九二号金銭消費貸借契約公正証書に右連帯保証の趣旨が記載されていることが認められる。そして請求の原因4の事実(訴外八島が控訴人に対して同年五月一一日右金員貸借に基づく債権を譲渡した事実)及び同5の事実中、右公正証書について、訴外保雄から控訴人を相手として請求異議の訴えを提起して係争中である事実は当事者間に争いがない。

しかして、右請求異議訴訟においては、公正証書及びその基本となった金員消費貸借についての連帯保証契約に関する被控訴人の代理権の有無(被控訴人の無権代理をも含めて)が重要な争点となっていることは、当裁判所に顕著なところである。

二  控訴人は、本件訴訟において、被控訴人の責任を追求する根拠として、被控訴人が訴外保雄の無権代理人として、訴外保雄本人の名により連帯保証をしたと主張し、被控訴人はその代理行為自体をも争うのであるが、次に補説するとおり、結論的には控訴人主張のとおり訴外保雄の名を用いてした被控訴人の無権代理行為を認めることができる。

被控訴人によって訴外保雄の右連帯保証がなされるに至った前後の経緯を補説すると次のとおりである。

前顕乙第一号証、成立に争いのない乙第二、第三号証、第一六号証ないし第一八号証、第二一号証、被控訴人作成部分の成立に争いがなく、その余の部分が前顕甲第二三号証の一、二と弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一八号証(甲第二〇号証の一は文書の対照によりその写と認められる。)、原本の存在と成立に争いのない甲第二二号証の一、二及び前顕甲第二三号証の一、二と弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二〇号証の二(ただし、被控訴人作成の部分は争いがない。)、同じく甲第二〇号証の四ないし七、前顕甲第一号証と対照してその写と認められる甲第二〇号証の三、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二〇号証の八、九、原本の存在と成立に争いのない乙第二七号証と弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第六号証ないし第八号証、前顕甲第一七号証の印影と対照して訴外保雄名下の印影又は同人の訂正等の印が同人の登録印鑑(実印)により押捺されたものと認められる(ただし、以下に説示の事情により訴外保雄の関係について真正に成立した文書とは認め難い。)乙第一四号証、第一五号証、前顕甲第一号証(ただし訴外保雄作成名義の部分はその存在、この部分は、前顕乙第二七号証、原本の存在と成立に争いのない乙第二六号証、第二八号証、成立に争いのない乙第三九号証と前顕乙第一七号証の印影の対照とを併せて、被控訴人が訴外保雄の氏名を代署し、その実印を押捺して作成したものと認められるが、以下に説示の事情により真正に成立したものとは認め難い。)、前顕甲第六号証、第一七号証、第二二号証の一、二、第二三号証の一、二、乙第二六号証ないし第二八号証、第三九号証、原本の存在と成立に争いのない乙第二九号証、第三一号証、成立に争いのない乙第三二号証、第三五号証ないし第三八号証と弁論の全趣旨を総合すると、訴外保雄のために連絡保証がなされるに至った前後の経緯として次の事実を認めることができる。

1  訴外保雄は文化財保護法による特別名勝として指定されている宮城県宮城郡松島町手〓字葉ノ木田四番地、山林二七九三平方メートルを所有しており、その親戚に当る訴外丹野栄子はその地続きの同所二番山林二一四二平方メートルを所有していたが、昭和五六年半ば頃から不動産業者によりこれらの土地を菜園として造成のうえ分譲するについてその買収の申込がなされるに至り、同年末頃には、松島町教育委員会からそのための現状変更の許可が下りた。そして初めに買収の申込をしてきた業者との話は合意に達しなかったが、その後、同年末に、山形県天童市内の不動産業者である東北住販こと堀江弘一が同様の買収申込をしてきたことから右両名所有の山林売買の話が進展し、昭和五七年一月に入って同人と訴外保雄及び同丹野栄子との間で右それぞれの山林の売買契約を結ぶことについて、ほぼその合意の成立をみた。

2  訴外保雄は右山林売買の話が持ち上る直前の昭和五六年八月から松島町内の病院において入院加療中の身であったので、右山林売買の件は、その長男に当る被控訴人が訴外保雄に代って交渉に当り、訴外保雄は被控訴人からその経過報告を受けるとともに、山林売買について同人に了承を与え、また同人から、右山林売買に関して買受人側の資金都合により三か月未満の短期決済を目途に二〇〇万円の銀行融資を受けるのについてその保証をする件についても、その了承を与え、これらの件について、被控訴人が訴外保雄の名により代理して契約を結ぶ権限をも任せた。

3  そして、同年二月二日、丹野栄子(その夫仁)方において、買主側の堀江弘一と売主側の丹野栄子及びその夫仁、訴外保雄の代理人たる被控訴人並びに堀江が連れてきた金融業者である訴外八島勝郎(当時、控訴人の夫で、のちに離婚、数年間で三〇件以上の融資の経験がある、以下訴外八島ということもある。)らが会合して、右各山林売買についての最終交渉をし、同日、訴外保雄が前記葉ノ木田四番山林を代金六七七万三〇〇〇円で、丹野栄子が同所二番山林を代金五一九万四〇〇〇円で、契約成立と同時に手付金各一〇〇万円を、同年四月二〇日限り残代金を各支払い、契約成立とともに、造成販売を認める等の約旨により、それぞれ堀江に売り渡す旨の売買契約を結び、その契約書(乙第二号証、第三号証)を作成して取り交した(ただし、葉ノ木田四番山林の売買については代金額の少い契約書((甲第二〇号証の五))も作成された。)。

4  ところで、右売買契約においては、契約成立と同時に、手付金一〇〇万円ずつ合計二〇〇万円を買主から売主らに支払うこととされたが、買主にその資金がなかったため、予め、買主の堀江がその融資を訴外八島勝郎に依頼し同人を資金準備のうえで右売買の最終交渉の席に同席させたのであるが、訴外八島は右手付金に充てる二〇〇万円を融資する条件として先に堀江に対して六〇〇万円の貸金債権を有していてそれが未回収となっていたところから、それに金利を加え、更に右手付金に充てる新規の融資分二〇〇万円を加えた八五〇万円について改めて堀江が借用証書を書き替え、訴外保雄がそれに連帯保証人として署名、押印することを求め、その条件が充たされなければ融資に応じない態度であったため、堀江は同年四月二〇日の残代金支払期までには自己の責任において右借金債務を処理することを誓って被控訴人に対し、訴外保雄の名により借用証書に連帯保証人として署名、押印をすることを依頼した。

被控訴人は右の頼みを受けるや、堀江が短期間内にその責任で債務全額の処理をし、訴外保雄が連帯保証人としてその責任を問われることが現実化することはあるまいとの期待のもとに、訴外保雄の了解を得ずに堀江の頼みに応じ、このようにして、その場で貸金額八五〇万円、弁済期同年四月二〇日、遅延損害金年三割、公正証書を作成すべきこと等の内容の借用証書に借主として堀江弘一が、連帯保証人として訴外保雄の名を被控訴人がそれぞれ記名又は署名、捺印して借用証書(甲第一号証、第二〇号証の三はその写。なお、乙第一四号証は公正証書作成嘱託の資料とするためのもので、甲第一号証と同時期に作成されたが、記名及び署名のみで名下の捺印のない別個の書面である。甲第一号証の写である甲第二〇号証の三はこの貸付関係の一連の文書と共に綴られその間に関係者らの契印がなされていることからみて、右写は関係者の契印の時点((契約の際と認められる。))においてすでに作成されていたものであり、それにはすでに金額も入っていることに照らしその原本である甲第一号証にはその作成の時点((契約の時点))において金額がすでに記入されていたものであり、金額欄を空白にしてのちに補充したものではないことが明らかである。)を作成した。

それとともに、右借用証書の趣旨に従って、公正証書の作成を嘱託することにし、その嘱託用として、被控訴人が訴外保雄の名を代署し、捺印して公正証書作成嘱託の委任状(乙第一五号証)を完成し訴外八島に交付した。

5  被控訴人は、右借用証書と公正証書作成嘱託の委任状について、訴外保雄の名を代署し、捺印するについて、同人の了解がないままに、前記山林売買のために預かり携帯していた同人の実印を用いて擅に代署し、捺印した。

6  このようにして各山林売買契約書、金員借用証書及び公正証書作成嘱託の委任状が作成され、保雄名義の印鑑証明書(昭和五七年一月二一日発行)を加えてその取り交わしが済んだので、訴外八島から堀江に対しその場で現金二〇〇万円が追加融資金として交付され(甲第一七号証)るとともに、これをもとに、堀江から売主側に対し、各一〇〇万円ずつの手付金の支払がなされた。

なお、訴外八島は、堀江から右融資の依頼を受けた際、予め、公正証書の作成を意図し、融資前に仙台法務局所属公証人宮澤源造に相談して所要の指導を受け、貸付の実行に当ってはその作成嘱託のための準備として、必要な書類を調整し、前述の委任状をも徴してこれを保存していたのであるが、貸付後その弁済期を過ぎても弁済がなかったため、同年五月右公証人に対して公正証書の作成を委嘱したところ、同公証人から公正証書作成の資料として提出した借用証書(乙第一四号証)中不要の事項(利息の定めがないのに拘らず、利息の支払遅滞の場合の期限の利益喪失条項が記載されていた。)五八字を抹消する必要がある旨の連絡があったため、堀江に右の削除をなすべき旨の指示を与え、堀江が同公証人から右借用証書の一時返戻を受けて被控訴人から訴外保雄の実印による捺印を得て削除の扱いをし、これを訴外八島に届け、同人から再度同公証人にこれを提出するという段取りを経て、公正証書(乙第一号証)が作成されたが、被控訴人が右削除について訴外保雄の実印を押捺するについても、同人の了解を得ず、自宅にあった同人の実印を擅に使用した。

以上の事実を認めることができ、甲第二二号の一、二、乙第二七号証ないし第二九号証、第三一、三二号証、第三七号証ないし第三九号証中、以上の認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を動かす証拠はない。

右認定のとおり、被控訴人は、訴外保雄から山林売買とそれに付随して銀行からの二〇〇万円の借用についてその保証をする限度での契約を本人名義で締結する代理権限を任せられていたのに、売買契約締結の過程で生じた銀行以外の金融業者である訴外八島からの八五〇万円の金員貸借についての連帯保証について、訴外保雄の了解を得ずに同人の名でその代理をし、本件の連帯保証をなすに至ったものであり、これは被控訴人の無権代理行為というべきである。

三  しかし、被控訴人が無権代理行為としてした右連帯保証契約の本人たる訴外保雄が昭和六二年四月二〇日に死亡し被控訴人が同人の権利義務の二分の一を相続により承継したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被控訴人と訴外丹野さた(訴外保雄の妻)との共同により各二分の一ずつ相続したものである(別件当庁昭和六二年(ネ)第二二九号事件記録によれば、他の相続人らが相続を放棄したものであり、このことは当裁判所に顕著である。)から、本件連帯保証契約のうち、被控訴人が訴外保雄から相続により承継した二分の一の部分については、無権代理人が本人を相続した場合に当り、直接本人が行為をしたと同様の効果が生じ、有効な契約となり、その相続承継人である被控訴人がその契約に基づく責任である連帯保証債務を負うべきものである。

この点につき、被控訴人は、無権代理人が本人を相続した場合に、本人自ら行為をしたと同様の効果が生じるものとされるのは、無権代理人が単独で本人を相続した場合に限られるべきであり、本件のように、無件代理人と他の者が共同で相続した場合には右の理は妥当しない旨を強調するのであるが、無権代理人と他の者とが共同で本人を相続した場合であっても、その無権代理人が承継すべき「被相続人」(本人)の法的地位の限度では、本人自らしたのと同様の効果が生ずべきことは異なることはないと解するのが相当である。本件においては、前記のとおり、本人たる訴外保雄の相続人のうち一部の者が相続を放棄し、訴外丹野さたと無権代理人たる被控訴人とが、金銭債務について、前記連帯保証契約の当事者たる本人の地位を各自二分の一ずつ相続承継し、この地位はすでに確定的なものとなっているものであるから、無権代理人たる被控訴人が相続により本人(訴外保雄)の地位を承継した分について本人自ら行為したと同様の効果が生じるものである(このように解したとしても、これによって、他の共同相続人たる訴外丹野さたの権利義務に対する影響はなく、何らの不都合も生じないのである。)。

したがって、本件においては、被控訴人が相続により承継した分について本人たる訴外保雄自らが本件連帯保証契約をしたのと同様の効果が生じ被控訴人がその連帯保証責任を負うべきものである。

なお、被控訴人は、無権代理人の行為について、右のように本人自らが行為をしたのと同様の効果が生じたものとするには、行為の相手方が善意無過失であったことを要すると主張しているが無権代理人の行為について相手方が善意無過失であることを必要と解すべき合理的理由はない。けだし、無権代理人が「本人」の地位を承継した結果、その承継した限度において行為時に、いわば「本人」として行為したものとみられるべきことから生ずべき法的効果であって、決して、「無権代理人」を「本人」または「有権代理人」と信じたこと(たとえば表見代理)によって生ずべき法的効果ではないからである。被控訴人の主張は、採用しがたい。

なお、被控訴人は別紙記載二3の事情を掲げて前記法理の適用を否定するが、採用できない。

四  以上に説示したとおり、被控訴人は、訴外保雄の連帯保証のうち自己の相続承継した二分の一について相続人として責任を負うのであるが、残余の二分の一については、訴外保雄の地位を共同相続人たる訴外丹野さたが相続したものの、この分は無権代理人の行為として無効なものである。

五  次に、控訴人はこの無効な部分について、被控訴人に対し、民法一一七条の無権代理人の責任として、契約が有効に成立した場合の本人の責任と同一の責任を追及しているからその点の当否について検討する。前顕甲第一八号証(第二〇号証一はその写)、第二二号証の一、二、第二三号証の一、二、乙第三五号証によれば、訴外八島は訴外保雄の本件連帯保証を得て前述の二〇〇万円の追加貸付金を交付したが、その際、山林の売買から右の連帯保証に至るまで、訴外保雄に代って一切の交渉を担当し、契約書等所要の文書に同人の名を代署し、或は同人の実印を押捺する行為を担当した被控訴人をもって訴外保雄本人と認識していて、この点に何ら疑いを抱かず、昭和五七年二月二日の追加貸付に際し、訴外保雄の印鑑証明書の交付を受けていたが、その際には、契約書類に押捺されていた訴外保雄名下の印影が前記印鑑証明書のそれと同一かどうかを検討しただけで、その保雄の生年月日については関心を払っておらず、右追加貸付の翌日頃になってはじめて、行為担当者が印鑑証明書記載の訴外保雄の生年月日から推算される年令より遙かに若く、訴外保雄本人か否かについて疑いを抱き訴外堀江に問い合せた結果、訴外保雄が入院中で行為を担当した者が同人とは別人の被控訴人であることを知ったので、その権限を疑ったわけではないものの、念のため、その翌日被控訴人から訴外保雄の契約上の義務を被控訴人が継承して履行する旨等を内容とする念書(甲第一八号証)を徴求した事実が認められる。

右事実によると、訴外八島は、すでに三〇件以上の融資を経験し数年間金融業に従事している者であり印鑑証明書の有する重大性を十分認識していたとみられるところ、本件は、不動産の売主が買主のために融資について保証をするという取引の形態(前記認定した諸事実に徴すれば、このことは訴外八島において認識していたと認められる。)に徴すれば、関与当事者の権限の有無について慎重に検討すべきところ、訴外八島において、訴外保雄の印鑑証明書の交付を受けながら、ただ契約書類との印影にのみ検討を加えたのみで、印鑑証明書に記載されている訴外保雄の生年月日について関心を抱かなかったということは金融業者たる訴外八島が専門家としての検討を怠った過失があるというべきである。もし、前記追加貸付の際、前記印鑑証明書の生年月日について検討を加えておれば、その際訴外保雄としての行為を担当した者が同訴外人ではなく、その息子の被控訴人(端人)であり、訴外保雄が入院中であることが極めて容易に判明したことは明らかである。その結果被控訴人が訴外保雄の代理権限の有無を明確にし得たものといえる。

したがって控訴人は、民法一一七条二項の規定にいう「相手方カ……過失ニ因リテ」代理権のないことを「知ラサリシトキ」に当たるというべきであるから、控訴人は、結局、被控訴人に対し同条に基づく無権代理人の責任を追求することはできなく、これを理由とする部分の請求は、他に判断するまでも理由がなく、失当として、棄却を免れない。

被控訴人が、無権代理行為の相手方である訴外八島が善意、無過失ではないとする主張には、右に判断した主張を含むものと解されるから、その意味では被控訴人の抗弁は、右の限度で理由がある。

六  訴外八島は控訴人に対し本件連帯保証に基づく債権を譲渡し、この事実は先に説示したように被控訴人も認めるところであるが、被控訴人は、この債権譲渡をもって信託法に違反する疑いがあると主張するけれども、その疑いをもつべき資料は存在しない。

七  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、被控訴人が本人たる訴外保雄の地位を相続したことによる連帯保証自体に基づく責任として、請求額の二分の一については、その責任を負い、これを認容すべきであるが、無権代理人の民法一一七条に基づく責任はないというべきであるから、結局元金四二五万円及びこれに対する弁済期の昭和五七年四月二一日から完済までの年三割の割合による約定の遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容すべきであるが、控訴人のその余の請求は棄却すべきである。

よって、この結論と一部異なる原判決は一部変更を免れず主文第1項ないし第3項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

一 被控訴人は、本件金員貸借の連帯保証について訴外保雄のために代理行為をしたことはない。被控訴人は、あくまで、北日本相互銀行からの二〇〇万円の借金の連帯保証のみを考えていたのであり、しかも、それが昭和五七年四月二〇日限り解除されるとの前提で保証の意思表示をしたにすぎない。

二 かりに、被控訴人が本件金員貸借の連帯保証につき、訴外八島勝郎に対し訴外保雄のために無権代理行為をしたとしても、同人の死亡により本人自らの行為により右連帯保証したのと同様の効果が生じることはありえない。

1 無権代理人の地位と本人の地位が同一人に帰属した場合に関する裁判例(大判昭和二年三月二二日民集六巻一〇六頁、最判昭和四〇年六月一八日民集一九巻九八六頁)によれば、無権代理人の行為について本人自らが行為したと同様の効果が生じるためには、無権代理人が単独で本人を相続した場合に限られるべきである(右最高裁判例参照)。しかし、本件においては被控訴人は訴外丹野さたと共同で訴外保雄を相続したもので、無権代理人が単独で本人を相続した場合ではなく、右の効果は生じない。

2 次に右1の各裁判例によれば、無権代理人の行為が本人自らがしたと同様の効果を生じるためには、無権代理人が民法一一七条に基づく責任を負う場合、すなわち相手方が無権代理行為につき善意、無過失であったことを要するものである。

しかし、本件においては、無権代理行為の相手方である訴外八島は悪意又は有過失であったものであり、本件連帯保証が本人たる訴外保雄自らがしたのと同様の効果が生じることはない。

3 なお敷えんするに、本件においては、被控訴人には、無権代理行為をなすにつき積極的、能動的な行為が全くなく(本件金員貸借の連帯保証につき作成された公正証書作成嘱託の委任状は、訴外八島が用意したものであり、被控訴人は訴外保雄の印鑑証明書についてもこれを山林売買に必要であると理解していたにすぎない。)、また、被控訴人は訴外保雄の連帯保証にかかる金員貸借による金員を受領したこともなく、本人たる訴外保雄も同様である。

他方、訴外八島は住所を同じくしたことのある訴外堀江と意を通じて被控訴人を篭絡したものであり、訴外保雄の連帯保証を得ることにより利益を得る者は訴外八島と堀江のみである。これらの事情に照らし、訴外八島は悪意又は有過失であることが明らかであるばかりか、これらの事情のもとでは本人たる訴外保雄が死亡しても、このことにより本件連帯保証が有効になることはない。

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